映画評「ドクトル・マブゼ」

 製作国ドイツ
 原題「DR..MABUSE, DER SPIELER-EIN GILD DER ZEIT」 英語題「DR.MABUSE: THE GAMBLER」
 Uco-Film GmbH製作 ウーファ配給
 監督・脚本フリッツ・ラング 製作エーリッヒ・ポマー 原作ノルベルト・ジャック 脚本テア・フォン・ハルボウ
 撮影カール・ホフマン 出演ルドルフ・クライン=ロッゲ、ベルハルト・ゲッケ、ゲオルク・ヨーン

 犯罪の帝王であるマブゼ博士は、株価操作や偽札作り、いかさまポーカー賭博といった様々な犯罪に手を染めていた。マブゼ博士の力の源は、その眼力による催眠術だった。マブゼを追うヴェンク警部は、潜入捜査を行う。マブゼの催眠術にやられそうになりながらも、マブゼ博士を追い詰めていく。

 5時間のバージョンもあるという、フリッツ・ラングの代表作の1つに挙げられる作品である。私が見たバージョンは、3時間強のバージョンだった。

 サイレント期の大作である。「イントレランス」(1916)や「鉄路の白薔薇」(1923)のような格調の高さや、濃厚な人間ドラマの作品と思われるかもしれない。しかし、「ドクトル・マブゼ」は犯罪映画である。

 当時のドイツは第一次世界大戦の敗北による荒廃から立ち直っていなかった。猛烈なインフレはとどまることを知らなかった。一言で言うと荒れた時代だった。ラングはそういったドイツの状況を意識的に取り入れたとも言われている。

 1人のボスを中心とした犯罪組織と書くと、「ファントマ」(1913)や「吸血ギャング団」(1915)といった連続映画が思い浮かぶ。この作品のマブゼ博士は、そのどちらの犯罪者像とも似ているようで少し違う。連続映画の犯罪者たちには嘘くささがあった。それは残忍だったり、荒唐無稽だったりという特徴はそれぞれあるものの、どちらも話を転がすための「悪の組織、悪人」という役割をこなしているかのようだった。それに対して、マブゼ博士にはリアリティを感じる。

 マブゼ博士に感じるリアリティは、たとえば敵を追い詰めるやり方に見られる。連続映画の犯罪者たちは、さばさばしていて直接的だ。脅すときは砲弾を近くに落とす。マブゼ博士は心理的だ。伯爵夫婦を巧みに別々に幽閉し、それぞれに違う情報を与えて心理的に追い詰めていく(マブゼ博士は心理学者だ)。また、マブゼ博士は恋した伯爵夫人にこだわりを見せる。悪の遂行のためには、愛も何も関係がない連続映画の犯罪者たちとは少し異なる。

 マブゼ博士が人々を操る術が催眠術であることから、そんなマブゼ博士のリアリティが消えてしまうように感じられる人もいるだろう。私も確かに、こんなに簡単にかかるわけがないとは思った。しかし、当時はまだ精神分析という学問が生まれたばかりで、催眠術もどのようなものかというのが一般的にはなっていなかった時代であった。そのために、当時の人々にとっては、マブゼ博士が催眠術を使って人を操る姿が、少なくとも現在よりも、説得力があったであろうということは言える。また、設定は設定として、マブゼ博士を演じたルドルフ・クライン=ロッゲのすさまじい眼力に、それなりの説得力があることは書いておく必要があるだろう。

 フリッツ・ラング監督は、この作品を犯罪物語として描いている。催眠術を使って人々を操るマブゼ博士の姿にアドルフ・ヒトラーを見ることもできるだろうが、それはまた別の話だろう。ラングは、この犯罪物語を形式にこだわらずにのびのびと描いて見せる。ストレートなストーリー・テリングに加えて、二重写し(マブゼに催眠術をかけられたヴェンク警部が車を疾走させる時に浮かび上がる文字が秀逸)といった映画的トリックや表現主義的なセットや演技を取り入れ、時にリアリスティックに時にファンタジックに物語を語っていく。

 「ドクトル・マブゼ」は、ラングがある犯罪物語を監督としての腕前を発揮して作った作品である。3時間という長尺ゆえに、深いメッセージを込めて作られた作品のように思われるかもしれないが、そうではない。ここにあるのは、「3時間に渡る」犯罪物語だ。

 一方で「ドクトル・マブゼ」には独自の何かも感じられる。それは、アンダーワールドと上流階級の人々の密接な関係だったり、マブゼに対するどこか英雄を見るような視線だったり、決して自らの手では殺人を犯さないマブゼのやり方だったりする。ここには、当時のドイツの状況が垣間見えるようでもあるし、ドイツの英雄志向が垣間見えるようでもあるし、名誉を重んじる考え方が垣間見えるようでもある。こういったちょっとした部分が、「ドクトル・マブゼ」を「3時間に渡る犯罪物語」からも少し違った何かにしているように感じられる。

 ちなみに、「ドクトル・マブゼ」の原作は映画版よりも幅広い地域を舞台にしている。マブゼはドイツ中のあらゆるところに登場する。映画版は、予算の関係や物語の拡散を防ぐこともあってか、都会に舞台が絞られている。



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