映画評「サンライズ」

※ネタバレが含まれている場合があります

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[製作国]アメリカ  [原題]SUNRISE: A SONG OF TWO HUMANS  [製作・配給]フォックス・フィルム・コーポレーション

[監督]F・W・ムルナウ  [原作]ヘルマン・ズーデルマン  [脚本]カール・マイヤー  [撮影]チャールズ・ロシャー、カール・ストラス

[出演]ジョージ・オブライエン ジャネット・ゲイナー、マーガレット・リヴィングストン、ボディル・ロージング、J・ファレル・マクドナルド、ラルフ・シッパリー、ジェーン・ウィントン、アーサー・ハウスマン、エディ・ボーランド

[受賞]アカデミー賞最優秀芸術作品賞、主演女優賞(ジャネット・ゲイナー)、撮影賞受賞  国立フィルム登録簿登録  キネマ旬報最優秀外国映画

[ノミネート]アカデミー賞美術賞

 田舎町に住む1組の夫婦。都会からやってきた女性に心を奪われた夫は、妻を殺害するようにそそのかされる。ボートから妻を突き落とそうとするが思いとどまった夫だが、妻は逃げ出して列車に乗って都会へと向う。追いかけてきた夫と妻は、結婚式が開かれている都会の教会の中に入っていく・・・・。

 映画史において非常に高く評価されている「サンライズ」については、あらゆるところで語られており、今更語るべきことなどないかのようだ。F・W・ムルナウがウィリアム・フォックスからハリウッドに招かれ、当時一流の映画会社を目指して「芸術作品」を生み出そうと躍起になっていたフォックスから、「自由に撮っていい」というお墨付きをもらって作られたのが「サンライズ」だ。ドイツのセット主義・スタジオ主義の伝統を受け継いだ見事なセットは、リアルでありながらリアルではないという独特の魅力を放っている。二重露出を多用した演出は、非現実を受け入れやすいサイレントならではの効果を挙げている。ストーリーはシンプルでありながら、時に恐ろしく、時に楽しく、時に感動的だ。フランソワ・トリュフォーが「世界一美しい映画」と呼んだことも頷ける。

 ストーリーについては、批判的な意見も聞かれる。最も多いのが、街へ出てからの描写が余計だというものである。これについて、私は「そんなことはない」と思う。だが、1つの事実として、私が初めて「サンライズ」を見てから約10年後に2回目を見たとき、都会へやって来てからの一連の描写をすっかりと忘れていたということは認めなければならない。

 「サンライズ」が最も強烈なのは、前半である。夫婦が都会へ出るまでである。あえて、そう言い切ってしまいたい。ジョージ・オブライエン演じる夫が、都会の女にそそのかされて、妻をボートから転落させて溺死させようとする。ここまでの恐ろしさは、凄まじい。「ヒッチコックを思わせる」という評もあったが、ヒッチコックがどこか非現実的な映画の中の出来事という印象を常に受けるのに対して、「サンライズ」の描写は非常に怖いのだ。

 ベッドに横になった夫がまるで湖に沈んでいくかのような二重露出に代表される非現実的な映像も効果的だが、私が最も怖かったのはボートに乗った夫婦を泳いで追いかけてきた犬を、夫が黙って陸に戻って鎖につなぐ描写だ。このストーリー進行上は不必要な時間に、怖さが詰まっている。そして、この時間こそが、映画なのだと感じる。

 沈黙が前半のキーワードである。夫は黙って妻を殺そうとし、妻は黙ってそのことに気づき、恐れおののく。都会へ行く列車の中でも、妻と夫は無言だ。都会に着いても妻は泣くだけで、夫はそんな妻の側にいてただ黙って肩を抱いてついていく。これほど雄弁な沈黙の例をすぐに挙げることは出来ない。映像で、表情で、映画は雄弁に語っている。

 夫婦が互いの愛を再確認してからの描写を批判するのは、少し違うように思える。遊園地のセットの見事さ、ドレスが肩から落ちる女性が気になってしょうがない紳士によるコミカルな描写、幸せそうな夫婦の無邪気さ、妻を殺した後に自分が助かるために使われるはずだった草の束の使い方・・・どれもこれも一級品だと思う。それでも、前半の強烈さには叶わない。後半を忘れたとしても、その強烈な前半だけでも伝説になり得る価値がある。


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