リュミエール社が撮影した日本(1)

 稲畑勝次郎がシネマトグラフを輸入して帰国した際、リュミエール社の技師コンスタン・ジレルが一緒だった。日本にやってきたジレルは、日本の光景を撮影して、リュミエール社に送っていた。また、ジレルが帰国した後にはガブリエル・ヴェールという人物が日本にやってきて撮影を行っている。

 リュミエール社が撮影した日本のフィルムはカタログに載っているものだけで、33本あるという。リュミエール社は日本以外の国々にも技師を派遣し、撮影を行ったのだが、日本を撮影した本数は他の国と比べて多い。これは、当時フランスに「ジャポニズム」と呼ばれた日本美術の特質を取り込もうというモードが存在したためとも言われている。

 日本で撮影されたフィルムの特徴としては、皇室や政府の公式行事、軍隊の光景が少ないという点が挙げられる。これは、日本政府が撮影を禁じたのかもしれないという。また、ジレル、ヴェールの両者とも日本的な光景を撮影しようとしている。芸能(芸者や剣道、歌舞伎など)や労働(稲刈り、灌漑といった農作業)などが多く取り上げられている。2人とも西欧化しつつあった当時の日本の状況を好ましく思っていなかったらしい。また、西欧化された部分の日本を撮影しても、おもしろくなかったのだろう。