サイレント初期のシェイクスピア映画について

 「silent shakespeare」はウィリアム・シェイクスピア原作のサイレント映画初期(1899−1911)の作品をまとめたDVDである。現在では高い人気を誇り、映画化作品が後を絶たないシェイクスピアの作品は、映画がこの世に誕生して間もない頃から映画化されていたことがわかる。

 サイレント映画初期の映画の上映時間はあまり長くなかった。1911年当時のアメリカを見ると、1本の作品の平均時間は約15分(一巻という。フィルムを入れるリール缶1つ分の長さを指す)だった。「silent shakespeare」に収録されている作品もほとんどが15分程度のものである。

 多くのキャラクターが登場し、ストーリーも二転三転するものが多いシェイクスピアの原作を15分で映画として表現するのは無理な話である。したがって、「silent shakespeare」に収録されている作品は、有名なシーンをつないで、それ以外の部分は字幕で説明するという形式を取っているものがほとんどだ。シェイクスピアの作品はもともとが戯曲であるから、セリフが魅力の1つでもあるが、サイレントであることもありセリフの魅力は表現されていない。

 「silent shakespeare」に収録されているもっとも新しい作品は1911年のものだ(「RICHARD Ⅲ」)。1911年というと、D・W・グリフィスがバイオグラフ社で短編を監督し、映画技法を磨いていた頃の話だ。映画で物語を語る文法はまだ確立されていなかった時代である。この頃作られた映画の多くは、カメラは固定で、ワン・シーンがまだ基本的にワン・ショットで撮られていた。「silent shakespeare」に収録されている作品も例外ではない。

 原作のストーリーの有名な部分を抽出するという方法に、物語を語る文法が確立されていなかったという当時の事情も加わって、「silent shakespeare」に収録されている作品は、シェイクスピアに親しんだ人以外には冷たい作品となっている。興味深い作品が並んでいることは確かだが、楽しめるかというとかなり厳しい。

 特にアメリカにおいて、当時の映画の観客は労働者が中心だった。しかも、英語を解さない移民が多かったという。労働者階級の彼らがシェイクスピアに親しんでいたかというと、そうは思えない。それでもシェイクスピア原作の作品は映画化された。それは、なぜだろう?

 その理由として考えられるのは、当時舞台や小説と比べて下に見られていた(映画を芸術と考えた人はほとんどいなかった)映画が、シェイクスピアを拝借してくることで地位を確保し、中流階級の人々の目を映画に向けさせようとしたという点がある。こういった試みは、1908年にフランスでフィルム・ダール社(ダールは「芸術」の意味)が設立されたり、アメリカではアドルフ・ズーカーが当時の舞台での大女優サラ・ベルナール主演の「エリザベス女王」を輸入したりと、映画初期に行われていたものだった。だが、映画に中流階級の目を向けさせることは、なかなかうまくいかずにいた。

 結局、映画に中流階級の目を向けさせ、定着させることに成功するのはD・W・グリフィスの「国民の創生」(1915)によってだと言われている。「国民の創生」には原作があり、グリフィス自身は元々舞台での成功を夢見ていたというように、小説や舞台の影響がないわけではない。しかし、原作は小説としては二流と言われており、グリフィスが舞台で成功を収めることなく映画界入りしたことを考えると、「国民の創生」は「映画」として成功を収め、中流階級の目を映画に向けさせることに成功した作品といえるだろう。

 シェイクスピアの作品は、これからも数多く製作され、数多くの成功作を映画の歴史に残している。しかし、サイレント映画初期のシェイクスピア原作の映画化作品はあらゆる意味で成功を収めているとはいえない。シェイクスピア知名度や原作の素晴らしさだけでは、「映画」として成功することはできないのだ。「silent shakespeare」はそのことを痛感させる。それは、映画とは何かを考える上でも、有益な何かを与えてくれることだろう。ただ、作品として見ても楽しくないけれど。



(DVD紹介)

「SILENT SHAKESPEARE

 サイレント期に映画化されたシェイクスピア原作の映画を集めた作品集。興味深い作品が並んでいるが、基本的に原作を知っている人向けの作品がほとんどのため、「楽しむ」のは少し難しいかもしれない。

 アメリカのamazonから輸入して買うことができるが、もちろん英語。それでも買いたいと思う人は、下記サイトが参考になります。

http://dvd.or.tv/
 
注意!・・・「リージョン1」のDVDです。「リージョン1」対応のプレイヤーが必要です。