映画評「アルプス颪」
原題「BLIND HUSBANDS」 製作国アメリカ
ユニヴァーサル製作・配給
製作・監督・原作・脚本・編集・美術エーリッヒ・フォン・シュトロハイム
アルプスにバカンスにやって来たアームストロング氏と妻のマーガレット。夫に放っておかれているマーガレットは、女好きのオーストリア人の士官に執拗に迫られる。
伝説的な監督であり、呪われた監督としても知られるエーリッヒ・フォン・シュトロハイムの監督デビュー作である。後の「愚なる妻」(1922)を思わせるストーリーである。
「愚なる妻」と比較すると、シュトロハイム演じる女好きの描写は「愚なる妻」の方が洗練されているように感じられる。この作品では、様々な女性に同じセリフを使って口説こうとする様子が字幕で表現されるが、「愚なる妻」では女性を丸め込む様子が映像で表現されている(その代表例は、手にコップの水をつけて垂らすことで泣いているように見せるシーンだろう)
ストーリーとしてはよくある三角関係で目新しいものではない。だが、アルプスの山を舞台にした撮影の素晴らしさや、シュトロハイム演じる士官のいやらしい演技が、この映画を通常の三角関係の映画よりも魅力のあるものにしている。
シュトロハイムは元々俳優で、いやらしい演技によって観客に嫌われることで注目を集めた。この作品でも、誘惑されたマーガレットがシュトロハイム演じる士官の夢を見るシーンがある。ここでは、シュトロハイムの顔がクロース・アップで映し出される。タバコをくわえたまま、歯ぐきをむき出しにしてにやける表情のいやらしさは、尋常じゃない。この年までに作られた映画の中で、最も不快な表情といっても過言ではないくらいだ。
「アルプス颪」は、当時としてはロケを使用することでリアル感を出し、シュトロハイムのいやらしい怪演もあって、三角関係を描いた作品(当時数多く作られた)の中でも異色のものとなっている。だが、あくまでも「三角関係を描いた映画」という枠内での話だ。シュトロハイムは、同じような内容ながら、ジャンル分けする余裕を与えることすら拒否させるような「愚なる妻」を監督する。ここでシュトロハイムは本領を発揮するが、一方でそれは終わりの始まりでもある。