映画評「血と砂」

 製作国アメリカ 原題「BLOOD AND SAND」
 フェイマス・プレイヤーズ=ラスキー製作 パラマウント・ピクチャーズ製作・配給
 監督・製作フレッド・ニブロ 原作ヴィセンテ・ブラスコ=イバニェス 脚本ジューン・マシス
 撮影アルビン・ワイコフ 出演出演ルドルフ・ヴァレンティノニタ・ナルディ、ライラ・リー

 ルドルフ・ヴァレンティノの作品として有名な「血と砂」は、確かにルドルフ・ヴァレンティノの魅力を全面に出そうとしている映画である。ヴァレンティノは当時、「黙示録の四騎士」「シーク」(1921)といったヒット作を送り出して人気を確立していた。女性への優しさ、女性への弱さといった女性に対するヴァレンティノの様々な側面を「血と砂」は描き出そうとしている。

 貧しい家庭に育ったホアンは闘牛士として成功し、富と名声、そして愛する妻と子供たちを手に入れた。しかし、ホアンをたぶらかす上流階級の女性の誘惑に負けたホアンは、そのことを妻に知られることとなり、最後には闘牛に失敗して死んでいく。

 「闘牛」という特殊な職業を、もみ上げを伸ばし、髪形も工夫して、体毛が濃そうなアグレッシブな人物としてヴァレンティノは描き出している。その努力は、「シーク」のような悪辣な側面は見せてはいても、王子的雰囲気が漂っていたキャラクターから一歩離れた一面を見せることに成功はしてはいるものの、人によっては受け入れられないのではなかという感じもする。

 「闘牛」に関しては、ヴァレンティノが描き出した見た目よりも、肝心の闘牛のシーンがきっちりと描かれていないことの方に問題があるように思える。だが、安全上の理由から実際に牛に向かっているわけではないとしても、ヴァレンティノの牛に剣を差し込むときの仕草は優雅さを感じさせることは書いておく必要があるだろう。

 ヴァレンティノが女性と絡むシーンではさすがに見事な演技を見せる。一緒にタンゴを踊った女性に対して向ける嫌悪感、上流階級の女性に誘惑されたときのとまどい、妻に見せる優しさなど、様々な面を見事に見せてくれる。特に、結婚初夜の妻をやさしく部屋へと連れて行くときの何気ない仕草(妻の腕を触って安心させるシーンのさりげなさを見よ)は、当時の女性客がヴァレンティノに夢中になる理由が手に取るように伝わってくるかのようだ。

 ヴァレンティノに絡む女性たちの演技がまた見事だ。妻役のライラ・リーは、派手なことを嫌い、地味でも幸せに生きて生きたいという女性像を、ただそこにいるだけで浮かび上がらせる。そして、徹底的なヴァンプ役としてホアンをたぶらかす役を演じたニタ・ナルディは、最初は貞淑そうに見せながらも徐々にその本性をむき出しにしていく過程が素晴らしい。映画の中でも言われているように、まさにヘビのような女を演じきっている。

 といったヴァレンティノと女性関係についてだけが、この映画の魅力ではない。この映画には原作がある。イバニェスによる原作は、社会派色が強いものだという。映画では薄められているというが、それでも社会派の色合いは映画にも残っており、それが「血と砂」にまた違った魅力を付加している。

 ホアンは元々、社会の下側で生きてきた人物である。そのホアンは、闘牛士として成功することによって、這い上がることになる。だが、この書き方は少し違う。ホアンは、闘牛士として成功することで「しか」、這い上がることができなかったのだ。そのホアンと同じ境遇の人物として、山賊のプルミタスというキャラクターが配されている。プルミタスもホアンと同じで、山賊として「しか」這い上がることができなかった人物なのだ。

 プルミタスはホアンに言う。「貧乏人が金を手にするには死と対決するしかない。神に見捨てられたらお前は運ばれて闘牛場を去り、俺は犬のように撃たれて死ぬんだ」と。合法、非合法の違いはあれど、両者とも残酷なことをすることによって這い上がっていくことになる。

 映画は、プルミタスやホアンを非難するよりは、彼らをそういった状況に追いやった上で、楽しむだけの上流階級の人々に向けられている。その非難のために、拷問について研究しているという学者までわざわざ登場させる念のいれようだ。ホアンをたぶらかす上流階級の女性は、その他の上流階級の人々の代表として登場し、これでもかというくらいの悪女ぶりを披露してみせる。このニタ・ナルディの徹底した悪女ぶりがあったからこそ、この映画の社会派的な側面も生きているが、一方ではナルディの悪女ぶりが強烈すぎるために、ナルディひとりが悪いかのように思えてきてしまい、社会派としては失敗に終わっているようにも思える。

 映画の主眼はヴァレンティノと女性の関係であることには間違いないし、社会派的な側面も付け足し的であることは否めない。それでも、ヴァレンティノ映画の中では、ヴァレンティノ自身の魅力に、物語のテーマの魅力が結びついた作品であることも確かであり、その意味で「血と砂」は世間で思われている以上にいい映画であるように私には思える。


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