映画評「ドン・ファン」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ  [原題]DON JUAN  [製作]ワーナー・ブラザース

[監督]アラン・クロスランド  [脚本]ベス・メレディス 

[出演]ジョン・バリモア、メアリー・アスター、ジェーン・ウィントン、ジョン・ローシュ、ワーナー・オーランドエステル・テイラー、モンタギュー・ラヴ

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 女たらしのドン・ファンは、アドリアーナという1人の女性に本気で恋をする。権力者の策略により、いやいやながらアドリアーナが貴族と結婚することを知ったドン・ファンは、貴族を殺すが、逮捕されて地下牢へと入れられてしまう。

 「ドン・ファン」は、映像と音楽を同期させた初の商業映画として知られている。映画草創期から、エジソンを始めとして多くの人が試みていたが、商業的なレベルにまでは達していなかった。「ドン・ファン」の当初の方法はディスク式だった。フィルムとは別のディスクに録音された音楽を映像と同期させるという方式である。音楽は映像と合っているように感じた。

 音楽と映像の同期自体は、それ目当てで映画を見ると肩透かしを食らうかもしれない。他のサイレント映画でも、大抵は映像に合った音楽がつけられるので、取り立てて目新しいものではない。ちなみに、音なしサイレント映画を見るのはかなり辛い経験である。

 純粋にサイレント映画としてみると、「ドン・ファン」は非常に面白い作品だ。「ドン・ファン」自体は、決まった原作があるわけではない。17世紀のスペインの伝説上の人物である。この作品以前にも以後にも、「ドン・ファン」は様々に解釈されて映画化されている。

 ジョン・バリモアが演じるドン・ファンはかなりの女たらしとして描かれている。映画の前半は、ドン・ファンの女たらしぶりと、男女関係をうまく綱渡りする様子が描かれる。ここでのドン・ファンは、セックスの塊のような存在だ。何人もの女性を相手にしていることが明示されているし、魅力的な女性を見ると、時も場所もわきまえずに迫る。私が見てきたサイレント映画の中で、これほど明確にセックスしか頭にない人物が描かれたことはない。

 映画の後半では、1人の女性に本気で恋をしたドン・ファンが、権力者の陰謀に立ち向かうというヒーローものの展開となる。安心して楽しめる勧善懲悪ものとして、ダグラス・フェアバンクスの「奇傑ゾロ」(1920)や「三銃士」(1921)など、これまでにも繰り返し見てきたパターンであり、目新しさはない。ちなみに、ダグラス・フェアバンクスも「ドン・ファン」(1934)を映画化しているが、こちらは凝ったストーリーで、ストレートなヒーローものではない。

 繰り返し映画化されたパターンではあるが、「ドン・ファン」は見所に溢れたシーンを多く見せてくれる。特に、クライマックス近くの馬に乗ったドン・ファンと、彼を追う馬に乗った兵士たちとの剣による戦いは、馬に載せたカメラで撮影したと思われる移動しながらのアクション・シーンという、現在から見ても見応えのあるアクションを見せてくれる。

 ジョン・バリモアと言えば、演劇一家のバリモア家の一員としても知られている。彼の演技力には定評があったが、「ドン・ファン」の中でも老人になりすまして敵を騙すシーンで見事な演技を見せてくれる。あまりにも別人のような容貌なので、一瞬別人が演じているのではないかと疑ったほどだ。

 「ドン・ファン」を映像と音楽を同期させた初の映画という、映画の歴史の視点から期待してみると、肩透かしを食らうことだろう。「ドン・ファン」にあるのは、ダグラス・フェアバンクスが開拓したヒーロー映画の系譜を継承しつつ、セックスという大人の味付けを十分し、アクション・シーンに工夫を凝らし、バリモアの演技力も見せ付けてくれるという一級の娯楽である。

 ちなみに、「ドン・ファン」の上映に際しては、映像と音楽の同期の実演集とも言えるフィルムも公開された。MPPDA会長だったウィル・ヘイズのあいさつ、バイオリンの演奏、オペラの一場面といったものが、それぞれ数分から10分程度収録されている。これらは、映像と音楽の同期のお披露目として上映されたものであり、それぞれが作品的な価値を持つものではない。当時のインパクトは大きかったと思われるが、今から見ると歴史的な価値以外はあまり見出せない。ただ、ウィル・ヘイズのあいさつは、大仰な言葉が並ぶものの、緊張とぎこちなさが感じられる。カメラの前に立ち慣れていない人が、カメラの動きと言葉の両方を操るのがいかに難しいかを教えてくれる。

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