映画評「雀」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ  [原題] SPARROWS  [製作]ピックフォード・コーポレーション  [配給]ユナイテッド・アーティスツ

[監督]ウィリアム・ボーダイン  [原作]ウィニフレッド・ダン  [脚本]C・ガードナー・サリヴァン  [撮影]チャールズ・ロッシャー、ハル・モーア、カール・ストラス

[出演]メアリー・ピックフォード、ロイ・スチュワート、メリー・L・ミラー、グスタフ・フォン・セイファーティッツ、シャーロット・ミノー

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 10代の少女モリーは、もっと小さい子供たちと一緒に、底なし沼のある人里離れた民家でこき使われている。主人のグライムスは、子供を育てられない貧しい人々から子供を預かって、満足な食事も与えていないのだった。

 メアリー・ピックフォードといえば、巻き毛の金髪の少女役で「アメリカの恋人」と言われるほどの人気をサイレント映画時代に獲得した俳優である。そんなピックフォードが当時30台の半ばを迎えながらも、見事に少女役をこなした作品である。同時に、ピックフォードが少女役を演じた最後の作品でもある。

 人里離れた場所で、絶望的な生活を強いられている子供たちがいる。これまでにもピックフォードは数々の不幸な少女役を演じてきたが、今回はその中でも最上級の不幸な境遇といってもいいのではないだろうか。子供たちの世話をしている最年長のモリーは、年長ゆえに自分たちの境遇の絶望さを、最も知っているはずである。にも関わらず、モリーは最も強く希望を抱き、最も明るくふるまっている。恐らく、モリーが絶望を抱き、暗かったならば、子供たちはみんなとうの昔にダメになっていただろう。そう思わせるものをモリーは発散している。

 子供たちの絶望的な境遇を分かりやすく象徴しているのが、底なし沼だ。底なし沼は、子供たちの逃れられない境遇を象徴しているとともに、グライムスが多くの子供たちを沈めたことが語られることで、グライムスの恐ろしさが凝縮されている存在とも言える。

 後半は、絶望的な状況からモリーと子供たちが逃げ出すという展開になる。底なし沼があちこちに存在し、ワニまでいる森を抜ける展開は、アドベンチャー的な魅力も持っている。ターザンのようにロープを使って底なし沼を渡ったり、今にも崩れそうな倒木を渡ってワニが口を開けて待つ沼を避けたりと、サスペンス溢れる展開となる。

 モリーたちが完全に自分たちの力で、逃げ出すという点は注目してもいいのではないだろうか。王子様に助けられるのではなく、警察に助けられるのでもなく、モリーたちは自分たちで逃げ出す。それは、メアリー・ピックフォードが少女を演じてきた他の作品よりも、より「自分の力」を信じての行動であるように思える。また、モリーが強い信仰心を持っている点も興味深い。モリーは神への祈りを忘れないが、一方で神の恵みを一方的に待つ受動的な存在ではない。「自分で行動すること」の大切さを説いているように思える。

 深読みすると、少女役から女性役への転身を試みるも、これまで成功してこなかったピックフォードの、少女役からの脱出と決意の表れであるかのようにも受け取れる。ピックフォードは「雀」を最後に、少女を演じることをやめる。だが、それは少女役を演じられなくなったからではなく、少女役を見事に演じることはできるが、それが自分のやりたい役柄ではなくなったからであることを「雀」は語っているかのようだ。

 「雀」には、少女役のピックフォードの衰えなど、いささかも感じさせない。むしろ、その成熟を見せてくれる。ピックフォード自身の演技はもちろんのこと、悪役グライムスのキャラクターや、見事なセットによる雰囲気、危険な森を逃げるシーンでのサスペンスなど、見所に溢れた作品である。

 悪役のグライムスは怖い。まず容貌が怖い。そして、子供たちを底なし沼に沈めることに対して何のためらいもない無慈悲な心が怖い。グライムスのキャラクターは、預かっている子供の母親が送ってきた手作りの小さな人形を握りつぶして投げ捨てる冒頭のシーンで、短い時間で見事に表現されている。

 監督のウィリアム・ボーダインは、この後B級作品を大量に監督するらしいが、誰でも知っているような映画史に残るような作品はない。この作品でボーダインは、倒木を使ってワニがいる沼の上を子供たちが渡るシーンで、危険性を考えて抱きかかえる赤ん坊を人形で代用することを主張したピックフォードに対して、リアリティの観点からボーダインは本当の赤ん坊を使うことを主張したという。こうしたぶつかり合いが、もしかしたら「雀」を一段上の作品へと押し上げたのかもしれない。

 「雀」は、現在の日本で比較的簡単に見ることができるメアリー・ピックフォード作品の1つである。この作品だけで、メアリー・ピックフォードを知ることはできない。だが「雀」は、メアリー・ピックフォードの作品の中でも記憶に残る作品の1つであることは確かだろう。

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